メープルシロップ風味のファストフードーン

村上春樹さんが何かのエッセーで、牡蠣フライは自分で揚げるのだと書いていた。と思う。何でも奥様はそれが苦手だそうで、一緒には食べられない。だから奥様が用事で家をあけるときに牡蠣フライを作るのだそうだ。

これを読んだとき、なんかいいなと思った。

食べたいけれど普段は食べられないものを、妻がいないときにいそいそと一人で作って、一人で食べる。その慎ましやかな感じがいい。

 

少しそれとは違うけど、こういう、普段は食べられないものを食べる、という楽しみは結構原初的なものがあるんじゃないかと思う。

小さいころから、一つや二つはこういうのが誰にでもあったんじゃないか。

行きたい外食の店があるけどなかなか連れて行ってもらえないとか、食べたいお菓子や飲み物があるけど普段は手にできないとか。

妻がいないときに食べたいものを作るという春樹さんのエッセーにほのぼのとしたものを感じた根っこは、少なくとも私は、そういった子供時代の思い出につながっていると思う。

 

自分の場合はどんなものがあっただろうな、と思うと、やっぱりマクドナルドかもしれない。だめっていう親ではなかったけれど、もちろん、と言うか、マクドナルドは日常的に食べるものではない。

でもジャンキーな味はやっぱり攻撃力が高いので、子供のころはすごく虜になって毎週でも食べたいと思っていた。特にポテトの破壊力がすごかった。

今でもマクドナルドはわりと好きで、たまに食べると美味しい。たまにしか食べないけど、でもたまには食べないと人生物足りない感覚になる。

ケンタッキーもそうだ。

 

不思議なもので、大人になってから知ったファストフードには、それほど惹かれない。

たとえば、バーガーキング。

一度は日本から撤退したけれど、今はまた日本でも食べられるようになっている。私はバーガーキングを初めて食べたのは大きくなってからで、たぶんカナダでだったと思うけれど、それほど惹かれなかった。別にまずいわけではなくて、見方によってはマクドナルドよりずいぶん美味しいとは思うんだけど、そんなに食べたいと思わなかった。だから思い出も特にないし、日本でもいつでも食べられるので、そんなに恋しいような感覚にもならない。

ファーストキッチンとか、モスバーガーとかもそうだ。子供のころは意識していなかった。大きくなってから食べた。美味しいとは思うけれど、別に死ぬまでに一度も行かなくても後悔しないと思う。

 

ドーナッツはどうだろう。

ミスタードーナツやダンキンドーナツに行きたくなるかというと、これもあまりそうではない。ミスドはなぜだか子供の頃はドーナツ欲が低めだったので、そんなに惹かれなかった。大人になってからオールドファッションとか大好きになったけど、マクドナルドと違って、ああ食べたくなってきた、とはならない。見かけたら店に入ることもあるし、死ぬまでに一度もオールドファッションが食べられないとしたら、これはちょっと嫌かもしれないけど。

ダンキンドーナツは日本にはなかったので、これも初めて食べたのは大きくなってからだけれど、やはり今でも特に恋しくはない。バーガーキングと同じく、そんなに思い出がないからだろう。

 

しかし、カナダ関係でいうと、ティムホートンズとなると話が変わってくるのだ。これは恋しい。ものすごく恋しい。

Tim Hortonsはカナダのコーヒーチェーンで、スタバよりはローエンドで、美味しくて安いコーヒーやドーナツがたくさんある。私はここによく通っていた。

ミスドより美味しいとかそういうこともないと思うけど、ティムホートンズは恋しい。ああ、冬の死にそうに寒い日にdouble, doubleと言ってコーヒーを頼みたい。

ダンキンドーナツは日本になくても何とも思わないが、ティムホートンズは日本にないことで余計に恋しくなる。ことがある。たまに。

 

ティムホートンズだけではない。Coffee Timeも恋しい。

Coffee Timeはカナダの数あるコーヒーチェーンの中でも最下層に位置する店で、とにかく安い、汚い。たぶんまずい。店内も客も(というと問題があるけど)、汚い。一目で一番ローエンドのチェーン店だということがわかる。

しかし私はある事情があってほぼ毎朝ここに入ってコーヒーとドーナツをいただくという生活をした時期があった。もともと味にうるさくないというか、ジャンキーなものも受け付ける身体だったからか、私にとっては十分に美味しかった。しかも安い。何の文句もない。

たぶん今食べたらまずいのかもしれない。ティムホートンズが日本に進出する可能性はもしかしたらあるかもしれないけれど、Coffee Timeが日本に来る可能性は0だ。疑う余地もなくゼロだ。

それがまたあの店への憧れを亢進させる。

 

してみると、行きたくなる欲をそそられる店は、2つに分けられることが分かる。

1つは、いつでも行ける店なのだけれど、子供の頃にはいつでもは行けなかった店。

もう1つは、いつでも行ける店だったのだけれど、今はいつでもは行けない店。

前者は私にとってはマクドナルドやKFCであり、後者はティムホートンズとコーヒータイムである。

このどちらかの条件を満たさない限り、それは私にとっては特にどうということもないファストフード店になってしまうらしい。

おそらく味は関係ないのだ。そうに違いない。

今後カナダに行って、Coffee Timeに行くチャンスがあって、そこのコーヒーを飲んで「うげ…あれ…」となったとしても、確実に私はしばらくしたら「ああ、あの独特の風味を持ったおそらく農薬とかもどうなってるかわからないような産地から仕入れられた豆でつくられたのであろうコーヒーのあの味をまた味わいたい」と言うだろう。

そう、こういうのは味そのものの良し悪しとは何の関係もないのだ。

 

たぶん、妻の不在時に自分だけで好きで作って食べる料理というのも、それと同じで、味そのものの良し悪しはそんなに関係ないんじゃないか。妻のいない間に好きなものを食っているというその行為がおそらく素晴らしいのだ。

何やら力が入ってきたけれど、残念ながら、というか私の妻は特にファストフードに反対しない。むしろ喜んで食べるくらいで、こうなるとどうも張り合いがない。

たぶんファーストキッチンもモスバーガーも、妻が毛嫌いしていたなら私の時々行きたい欲の向かう先になったはずだと思うのだが……。

 

私の敬愛するマスヲさん(id:move-wife)がエントリーを書かれて、ホビヲさん選考委員の応募企画もあったから便乗した。

カマンベールチーズ、もらえるかな。わくわくチューチュー。

でも規定の1800字を1000字近くオーバーしたからたぶん失格だろう。

 

www.move-wife.com

 

 特別リレーエッセイ企画、だそうだ。

お題「あの日 あの味 この嫁」