あるがまま

ブログが続かない。みんなだいたいそうです。

かく言う私も、何ヶ月放置したか分からない。といっても、ここからまたコンスタントに書くぞというわけでもなくて、むしろまったく逆でしょう。

 

これもやはり、「思い通り」の産物であろうと思います。

思った通りにアクセスが伸びない、思い通りに反響が続かない、思った通りに収益が上がらない、思った通りにビッグにノッていけない。

結局、思った通りにならないから続かない。

思った通りになっていくのなら、誰もやめはしません。

 

ところで仏教には無功徳という言葉があります。功徳とは、これをしたらどんな良いことがあるんですか? の「どんな」です。つまり見返りのこと。

禅は見返り、功徳を求めるなと言います。

何か「いいこと」があるんだったらやりますよ(無いんだったら、やらないけどね)という行為は、卑しい。

そんな風に行動するな、見返りを求めて行動するな。禅はそう言います。

 

無功徳の行為こそが尊いのだ。

というより、功徳など考えずに行動できる人が、一番潔く爽やかな心持ちで生きられるのだ。幸せとはそういうことだ、ということです。

 

功徳を求めて行動すれば、思った通りの功徳が得られれば喜び、功徳がなければ苛立ったり怒ったり落胆したりすることになる。

でも行動すること自体を楽しみ、喜べれば、そこがすでに最良の場所になる。

 

どうしたら苦をなくせるのか。それを考えたのが仏教です。その答えの一つが無功徳だったわけです。

功徳を求めることをやめれば、苦はなくなる。

 

そこに本当のブログがある。

 

本当の、かどうかは知らないけれど、確かに爽やかで潔く、自由なブログがそこにあるだろうと思います。

 

ブログなんか本当にどうでもよいものなのだ。心からそういう気持ちでいながら、それでいてなおかつ書く、丁寧に、思うがまま、楽しく書くブログが一番素朴で、自由なブログなのだと思います。

人生も同じだ。

万事こういう風に生きられたなら。

それはもう悟りの境地でしょう。

 

やはりブログは禅なのかもしれません。

森羅万象、いたるところに禅はある。

 

私はこのブログを次にいつ書くか、そもそも次を書くかも分からないが(それは明日かもしれないし、もう永遠にないかもしれない)、しかしこのブログを自分で消すことはない(勝手に消えていくことはあるかもしれないが)。今となってはほぼ誰にも読まれることはないだろうと思うけれども、そこにもやっとほとんどこだわりがなくなってきた。

これでよいのだ。

これでこそ自分のブログだ。

なぜならそれは私がこのブログに禅風を掲げているからなのである。

 

どうでもよい。それでも楽しく書く。それが最高のブログ。

人生に意味などない。それでも楽しく生きる。それが最高の生き方。

そう思います。

あるがまま。