みんな自分が可愛いですから

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やっぱり人って自分が可愛いんですよね。

だから自分が基準になるんですよね。

自分がやるかやらないかで、良いか悪いかの基準が変わる。多かれ少なかれどんなことに関しても人間こういう傾向はあると思うんですよね。やっぱり自分が可愛いから。自分が中心だから。そういう風に考えずにはいられないですからね。

 

不倫バッシングとかみていても、不倫が叩かれるのは社会通念上それはそれでいいんだろうとも思うけれども、でもルサンチマンの産物でもあるよなぁ、なんかやだなぁともやっぱり思いますよね。

つまり酸っぱいブドウ。

不倫とか浮気とか酒池肉林、愛欲にまみれ、良い思いをして、みたいなことをほんとは自分もしたいんだけど、できないから、そんなことをしているやつを極悪だ、不道徳だと叩く。裏をかえせばそれをしていない自分はまっとうだし、道徳的で正しいし、という自己肯定ですからね。ほんとは悔しいけどそれを飲んで自己肯定。やっぱり自分が可愛いですからね。そう思わなきゃやっれなれないですから。またそう思って叩くのは気持ちがいいですから。

でもそういう人はもし自分がそういういい思いをできる側にまわったら、今度はころっと価値観がかわって、そういうものを何でもないものだと言ったり、何かの回路でそれを肯定し始めたりすると思います。やっぱり自分が可愛いですから。

 

だから、何かの善悪を判断するときには、これって自分が可愛いからってだけじゃないのかっていうチェックポイントを持つことは大切じゃないかと思います。

単なる自分へのこだわりを外してもなお、それは良い、あるいは悪いと自分は判断するのか、もしそうであれば、立場が変われば人が変わるみたいな(悪い意味での)そういうものは減るんじゃないかと思います。

 

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