私たちの北極星

良寛さんや、松陰先生について書いていて、ずいぶん自分とはかけ離れた、あまりにも自分にとっては非現実的な理想像だなぁとも思います。

でもじゃあただの理想に過ぎないよ、現実には役立たないという話になるかというと、それはやっぱり違うと思います。

 

オバマ大統領がキング牧師について語っていたのと同じです。

彼らは私たちを照らす星なのです。北極星なのです。

 

オバマ大統領は受賞自体が物議もかもした(大統領就任直後でまだ何もやってないじゃないか、という)ノーベル平和賞の受賞スピーチで、悪は存在する、と語りました。

米国大統領という立場で、国の安全保障をやらざるを得ない以上、戦争を一切やりませんなんて言えるはずがない。その立場で、一体どういうことを語るのかなと私はとても興味がありました。オバマという人は人柄としては間違いなく非常に誠実ですから、どういうことを語るんだろうと。

そしてオバマ大統領は、悪は存在する、と言いました。だからそれらと戦うことは必要なんだと。私はこれを聞いて少し残念な気もしたし、しかし立場上実際必要があれば武力行使はせざるを得ないに決まっているわけですから、ごまかさずはっきりそう明言したことはやっぱり誠実だなとも思ったし、きれいごとだけでない責任を持った言葉をきちんと語る人なんだなという信頼感も感じたし、でもやはりこれが現実なのかという感覚もあって、複雑な思いでした。

オバマも聞く人のそういう感情は当然分かっている。

だから、そのあとでキング牧師とガンジーのことを、北極星だと言及した。

彼らの非暴力は、現実的には必ずしもいつも可能だとは限らない。でもだからといって、浅はかだと退けられるべきものではない。彼らは私たちを照らす星だからだ。現実的にいつも可能ではなくても、私たちを倫理的に導いてくれる北極星なのだ。

そういうことを言っていた。

私にはこの部分が非常に印象的だった。

オバマのノーベル平和賞がよかったのかどうかは分からない。私はオバマ大統領が好きだから、バイアスもかかっているだろう。

でもとにかく、この北極星の話は私の中に残った。

 

そうなのだ。

大人になったら、非現実的な理念を、何か世間知らずの、子供じみたただの理想として片づけてしまう傾向がないではない。そんなものは現実には無理なんだよ、という風に。

ガンジーやキング牧師や、良寛さんや松陰先生のような生き方や考え方は、実際の私たちの現実においては、多くの場合無理だ。あまりにも理想的すぎる。私はそんなに強くない。現実はそんなに甘くない、と言ってしまえるくらいには私は弱い。

しかし、そうであっても、彼らは北極星なんだ、と思って、私はなお彼らを大切に自分の中に持ち続けることができる。そして確かに北極星のように、指針になってくれる。

たとえ同じようにその通りにはできなくても、少しずつでもその方向を向いて生きることはできる。彼らはそういう存在でいてくれる。

非現実的な理想にも、やっぱり価値はあるのだ。

いかにも大人らしい現実的なある種の諦観と、北極星は、両立するのだ。

私はそう思って、今日もだめでもだめでも、やっぱり良寛さんや松陰先生を心に留めて生きたい。

いや、実際には、この両名を口にするのも本当にはばかられるほど、全然徳のない行動ばかりしかできてないんですけどね。現実の私は。

それでも、それでも、ね。

 

合衆国再生―大いなる希望を抱いて

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