至誠

慈悲とか、誠心誠意行動するとか、そういうことについて考えていたら、吉田松陰先生の言葉も思い出しました。これもしばらく日常にまぎれて忘れていた。

 

至誠而不動者、未之有也

至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり。

誠を尽くせば、それで動かない人はいない。誠心誠意行動すれば、必ず人は応えてくれる。

 

これはもとは孟子の言葉のようですが、松陰先生はこの言葉を大事にされていた。

松陰先生の生き様はまさにこの通りであったと思います。

 

黒船が来たとき、外国で見聞を広めなければこの日本の将来はないと、小舟で黒船に近づき、乗せて連れて行ってくれといきなりお願いに行く。誠心誠意、熱意をもって話せばきっと通じると信じ乗りこもうとするが、当然幕府と交渉中だった米国艦隊からは断られ、失敗する。

失敗したら潔く自首をして捕えられ、投獄される。

幕府への申し開きの場でも、これは国の将来について危機感を伝えるチャンスだと思って、よせばいいのに、理由とともに出国を企てていたことをつまびらかに語って、結果として死罪になってしまった。

何という純粋な人だろう。

 

米国艦隊からはお願いを断られ、幕府への申し開きでも国を思っての誠心誠意の話は聞き入れてもらえず、結局死罪になってしまっているわけですから、至誠で相手が動いてくれるはずだというのは、通じなかったとも言えるのかもしれません。

しかし、こんな風にまっすぐに行動を貫き通せる人物がいるでしょうか。

松陰先生が人生をもって示した至誠という生き方は、一つの真実であると思います。

だからこそ松陰先生の姿は幕末だけでなく今の時代に至るまで人に影響を与え続けて人を動かしている。

 

言うまでもありませんが、これが私だったら、そもそも失敗したら死罪という時点でリスクを犯して出国なんか企てないでしょうし、捕まったら、今度は少しでも罪を軽くしようと必死でごまかしたり詭弁を弄したりするはずです。

とてもじゃないけれど、松陰先生のような生き方はできない。

 

でもだからこそ、私は松陰先生の姿を常に心に留めて、少しでもそのようにあることを忘れずにいたいと思ってきました。

至誠で行動すれば、必ず人は動いてくれるんだという言葉は、追い込まれた時や辛い時やしんどい時に、何度も力になってくれました。松陰先生のように行動してみようと。きっとそれが真実だと。

松陰先生の言葉を思い出して、それを信じることで、私はこれまで行動できたことがたくさんありました。

嫌になったりひねくれた気持ちになった時も、至誠という言葉を思い出すと、襟を正されます。

松陰先生のように死罪になるまでの行動はできないけれど、せめて日常の中ではできるだけ至誠で生きたい。

実際にはとても薄汚れて冷酷で弱い人間なので、本当になかなかそのようには生きられないのだけれど、でもせめて忘れないようにしたい。

至誠。やっぱり至誠ですよね。きっと人に通じると信じて動かないと。そうでないといけないですよね。

 

吉田松陰著作選 留魂録・幽囚録・回顧録 (講談社学術文庫)

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