ネタハードルの異常に低いブログ

このブログのことです。

いま見ただけでも、思いついたネタのメモが軽く50以上は溜まっています。

これが多いのかは分かりませんが、一つ間違いなく特異な点があります。

どれも恐ろしいほど内容がないのです。

しかも、全てが実際に使用される。

本当に内容のないエントリーが躊躇なくどんどん出されてくるのです。

 

ネタへのハードルが異常に低い。

まるで低め、低めに丁寧に球を集める技巧派ピッチャーのようです。嘘です。

さらにもちろんアクセス数もGoogle先生からの評価もひときわ低め、低め。低めというよりアドセンスの評価と実績に至ってはまさに地を這うボーリング状態で、これでは誰も打てないといった有様なのです。役に立つ情報はほとんどなく、有益なウェブ世界を創るというGoogle先生の事業に全く貢献していないのですからこれも仕方ありません。

当然、収益もストライクも一球も入りません。

 

メタファーに野球を使うのはこのあたりでやめましょう。

 

とにかく、ハードルが低い。

しかしこれは生存戦略としてはアリなばかりか、むしろ実生活でも採用すべき生き方なのではないでしょうか。

 

自ら課したハードルが、無理に高すぎはしないか。

生きづらさの裏には、高いハードルがある。

動けないときは、到底無理なハードルを見上げているからなのではないか。

 

高いハードルが必要なときはあります。しかしそれと同じくらい、異常に低いハードルを設定することも大切なのではないか。

 

低いハードルを越えることで、中くらいのハードルや高いハードルの高さや、それらとの距離を客観視できる。

低いハードルをまず超えていくことで動け、動いていくことで超えていけるハードルもある。

 

タイトルの言葉をただ思いついて書き出したところから、何となく内容のありそうなことを言うところまでこのエントリーもやってきました。

やはり、異常に低いハードルが私たちを導いてくれることもあるのだ。

 

馬鹿にしてはいけない。私たちはもっと異常に低いハードルたちに敬意を払わなければならないのではないか。

 

おかげでこのエントリーの私も、初めはですます調だったのに途中からである調に文体まで変わることができた。

低いハードルたちよ、本当に、ありがとう。

 

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