辛いとき。

どうして人生でこんな選択をしてしまったんだろう、と思うことがあります。

辛い。

やりなおせるなら、やりなおしたい。

そんな風に思うことがあります。もっと以前は思わなかった。まだ決まっていない未来の方がずっと大きかったからだろう。何を選んでもそれなりに何とかなると、楽観的に、適当に、よく何も知らず、考えも足りず、甘い認識で、そう思っていた。

正しいものを選ぶよりも、選んだものを正解にしていけばいいさ、そんな風にも思っていた。

これがあれば、こうなれば、もっと良い自分になれると思っていた。

 

でもそうじゃなかった。

人生にはやり直せないことが確かにあるのだと思い知った。

甘いんだろう。

こんな当たり前のことを後になって言うのは。

変えられない現実というのはあるし、人間社会で生きる以上、どうしても自分で引き受けて負ってかなきゃいけない責任もある。

 

自分のこの後の人生が、ある意味では決定づけられ、そして台無しになってしまったのかな、もう、と思うこともある。

でもそれが現実である以上、それとともに生きていくしかない。

それが、やり直せないっていうことなんだろう。

 

もっと違った選択肢もあったんじゃないか。そんな風に思うことが人生で一番辛い瞬間の一つなんじゃないかと思う。

 

いまここにある自分が選んだ現実と生きていかなきゃいけない。だから、選んだものを正解にしていく生き方を目指すしかない。

でもその方法がわからないとき、どうしたらいいんだろう。

 

失敗した人生を送る。もうそうやって諦めるしかないのだろうか。

それとも、その中でも少しずつでも、小さなことを良くしようと、楽しもうと、そうやっていくしかないのだろうか。

 

どうしてこのように選んでしまったんだろう。そう思うときが一番辛い。そして、人生とは選び直せないものなのだ。その重みが出口などないような閉塞感になる。

 

窒息しそうに辛いとき、私はそんな風に感じる。

 

心が弱っているときは、ネガティブなことしか吐けない。

でもそれでいい。そしてこうして文章を書く行為は、ありがたいものだなぁと感じる。ブログというのはありがたいものだなぁと思う。

このブログは、確かに自分に向けて書いている部分がある。

弱っているときは自分が書いたことを読んでも「何悟りすましたような空論言ってんだよ」と思うこともある。

でも、それも確かに自分が書いたものだから、同時にそこにも自分にとっての真実はあるのかもしれないとも思う。少なくとも、斜に構えながらも少しは聞いてみようかとも思う。他人に説教されるよりも、少しは素直になれる部分もある。

 

なれない部分もある。

でも、少なくとも文章を読むことができる。

 

そして他のたくさんの人の書くエントリーを読んでいると、不思議と心が落ち着いてくる。

辛そうなもの、楽しそうなもの、真面目なもの、何気ないもの。実に様々な文章があり、たくさんの人たちが話を聞かせてくれる。

それを読んでいるうちに、少し気持ちが落ち着いている自分に気がつく。

 

そして、みなさんありがとう、と思う。

かしこまった本やきちんとした書籍なんかじゃなくても、ブログというものがあってそこに溢れているたくさんの人の日常を読んでいると、少しずつ、たぶんこの世界も捨てたものじゃないんだ、と静かに思える。

そういうことが救いになるときもある。

ありがとう。

みなさん、本当にありがとうございます。