禅ねずみ的投球術

このブログでは何度かメタファーとして野球が登場していますが、私は特別に野球が好きなわけではありません。

スタジアムに観戦にいくのは2、3年に1度くらいだし、テレビ観戦も年に3度くらい。それも優勝決定戦とか、日本シリーズとか、そういったのを数イニングほど見るくらいです。

あとは、メジャーリーグを見るのはわりと好きで、たまにこれも数イニングくらい中継を見てみたり、youtubeでダルビッシュや田中まーくん、あとはクレイトン・カーショウとか、有名どころの投球を見たりします。

 

こう書くと、私はどうやら打者よりも投手を見るのが好きみたいですね。

こういうことも、改めて書いてみないと私は自分でもあんまりよく分からないようです。

自分ではサッカー観戦のほうが好きだと思っているのですが、わざわざyoutubeで投球を見たり野球をメタファーにつかって語ったりしているわけですから、やっぱりそれなりに好きだということになるのかもしれません。

 

何が言いたいのかというと、このブログではずいぶん意味のないエントリーも投げていますが、それでいいのだということです。

全部力をこめて投げ続けていたら、肩が壊れちゃいますよ。それほどタフな人間でもないのでね。

先発投手でも初回から力が入りすぎて制球が定まらなかったり打たれたりします。

ちょっと肩の力を抜いて書く球があるくらいで丁度いいんです。緩急つけて。

 

私も、もしこの禅ねずみの制球が乱れるようなら、容赦無くファームに落としたり、または解雇しますよ。少し気の毒ですけどね。

 

でも禅ねずみにももともと実体はありませんから。ここにいる私が禅ねずみを解雇するというときの禅ねずみとは一体何なのかとなると、実体はありませんものね。

 

もしそうなればこのブログはある日突然消えて終わり。誰も気にもとめません。私も半年もすればこんなブログを書いていたことも忘れるでしょう。

インターネットの藻屑と消えて終わり。

 

 でも、それでいいのです。

私たち自身も同じなのですから。

人生も同じです。

終局的には人生も常に、すべてが目的のない移動の途中なんですからね。全ては流れていくんですよ。