重言

昨日のチキンラーメン・エントリーを書いた私をある疑問がとらえた。

 

「~歳まで生きて大往生した」は、誤った日本語なのではないか?

現に「大往生した」、生きた、という漢字が入っている。

これはあるいは、「〜歳まで生きて、生きた」などとなって、頭上の真上、危険が危ない、机上の上などと同じような、重言ではないのか?

 

安藤百福さんの生涯については調べなかった私も(本当は少しだけ調べて読んだ)、この疑問についてはただちに調べた。

といってもググっただけである。

 

「大往生」とググった。

dictionary.goo.ne.jp

 

少しの苦しみもなく安らかに死ぬこと。また、りっぱな死に方であること。

 

「〜まで生きて、大往生した」

言い換えると、↓

「~歳まで生きて、安らかに亡くなった」

「~歳まで生きて、立派に亡くなった」

どちらもいけそうである。

何となく、大往生と言うと「長生きした、天寿をまっとうするくらい生きた」という意味のイメージがあったのだが。

しかし、おそらく、「~歳まで生きて大往生された」は重言ではない。

 

たぶん、そうである(と文体だけ重々しく言っておくのである)。