無功徳

タイトルの読みは、無功徳(むくどく)。

 

なぜこのブログを書くのか?

収益のためか? 人気になるためか?

そういった見返りを求めて行動するべきではない、打算的な行いはさもしいものである、ということです。

 

さらに言えば、目的をもって行動するべきですらない。

ではなぜ禅はこれを捨てろというのか?

 

それは、見返りを求める振る舞いは卑しいというよりも、ただ苦しみを生むだけだからだと思います。

ブログで言えば書いた記事が反響を呼ばず、読者数も一向に増えなければ、それでやめてしまうのか。思った通りにお金が儲からなければ、もうそれでブログを放棄してしまうのか。

たいていはそうなります。なぜなら、たいていのことは思い通りにはいかないから。

書いても書いてもアクセスは増えないし、書いても全然儲からない。それでは苦しいだけです。

見返りを求めて書くから楽しくなくなる。

 

また、少しでも記事がバズれば喜び、ハズれれば嫌になり、訪問者が増えた減ったで一喜一憂する。それではアクセス数に朝も夜も毎日毎日囚われてしんどくなるだけです。

何かに囚われるというのは、自由がなくなるということです。

 

だから、見返りを求めるべきではない。

ただ書いて楽しむ。あるいはただ書く。ただ行動する。

功徳(良いこと、目的)がそもそも無い。

そのような行動には潔さあり、自由があります。

そのように行動できたなら、いつも軽やかな気持ちで、今ここを生きることを楽しめる。

 

そうなれたらな。

ま、それが難しいんですけどね。