禅的な何か

自分のこだわり

人の怒りについて書いているけれど、もちろん、これは自分自身についてもそのまま当てはまる。 当たり前の話だ。 要するに、自分は一体何にこだわっているのか。 これも、一歩引いてそのように問いを立てて自分を見ていないとなかなか分からないものだ。 自…

怒りはこだわり

前のエントリーで怒りについて書いたけれど、仏教ではこだわりが苦であり怒りのもとにもなると説くから、換言すれば、怒っているというのは、その人が何かにこだわっているということになる。 怒っている人に対しては、「この人は何にこだわっているのだろう…

私のものじゃないテキスト

書くことは、やはり誰かに褒められることが目的になってはいけないと思う。 これは個人的な感覚だけれど、自分にとっては本当だ。 書くことはやはり書くことそのものが楽しみでないといけない。 そして書くことの楽しみというのは、自分が次に何を書くか分か…

慈悲喜捨

慈悲喜捨、と仏教は言います。 最近、私の中ではこの言葉がとても大きくなっています。これをよくよく意識して生きよう、と思っています。 慈とは、相手を慈しむこと。相手の幸せを願うこと。 悲とは、相手の悲しみに想いを寄せること。 喜とは、相手の喜び…

人間のイライラ

人のイライラとは、8割は待たされることへのイライラだ。 というようなことを、松本人志さんが言っていたと聞いたことがある。 なるほどなと思った。 確かにそういうものかもしれない。 でもそれに加えて、人から感謝されないことへのイライラも、かなり大き…

年初の目標

禅は今ここを生きよと言います。 人生は基本的には思い通りにならないし、難しいものだと思います。辛いものと言ってもいいかもしれない。 しかし、肯定できる瞬間もある。とても小さく短いものかもしれないけれども、幸せだなと思える「今ここ」も、たまに…

あるがままということ

全てはただそのように起こっているだけ。 起きている物事には良いも悪いもありません。 ただそのように起こっているだけ。そのようにあるだけです。 あるがままというのは、そういうことだと思います。 ただそのように物事があるだけ。 いつもそれがあるだけ…

禅について書きます。

4か月近く続けてきた当ブログの毎日更新も、おそらくそろそろ止まります。 とは言ってもそれほど読んでいる人もいないので大した問題ではありません。 私は、文章を書くことはわりと好きであると思います。少なくとも、それほど苦じゃない。それで小遣い稼…

だから駄目なんだろうな

人と人とが分かり合うというのはやっぱり難しい。それぞれの感覚があり、それぞれの正しさがあるという考え方が当たり前になった今の世界では、余計にそうだと思います。 どちらかが正しいということはなく、どちらかが間違っているということもない。そうい…

足るを知る、そして感謝する

なくしたもの、持っていないもの、思い通りにならないもの、そういうものを数えるより、今ここにあるものを数えたい。 それが足るを知るということだと思います。 持っていないものやこうなるはずだったという満たされない思いにばかり目を向けていても、心…

Common groundを探そう

私は昔、北米にいてとあるアパレル業界でしばらく働いていたことがあります。といっても、実態はアルバイトみたいなものです。 そのときに印象に残ったことがあって、アメリカみたいな人種のサラダボールにおいては、一番無難な、一番スタンダードなものが売…

禅ねずみ的投球術

このブログでは何度かメタファーとして野球が登場していますが、私は特別に野球が好きなわけではありません。 スタジアムに観戦にいくのは2、3年に1度くらいだし、テレビ観戦も年に3度くらい。それも優勝決定戦とか、日本シリーズとか、そういったのを数…

好きを書こう! あるいは「森」について。

この前WANIMAさんについて書いてから、本当にWANIMAさんが好きになってきた。 いや、別に嘘を書いたわけではなくて、なんか良いなって感じて勢いで書いただけだったんだけど、はっきり形にすると本当に好きになってきた。 これなんだよな、と思う。 ものがあ…