気づけば1年たっていた

kaigyou-turezure.hatenablog.jp 本当に気まぐれにしか更新していないので気がつかなかったけれど、そういえばこのブログを開設したのは昨年の8月頭だった。 ひっそりと1年がたっていた。 始めるときに、後先考えずにとりあえず2年分、はてなブログproと…

十牛図と悟りの境地

昨日の続きで悟りの境地とはじゃあ一体どういうものなのかについて、面白いたとえがあります。 「十牛図」という有名なものなのですが、悟りを牛にたとえて、悟りに至る段階を10枚のイラストで示したものです。 こちらのブログ様から勝手に拝借しました。…

言語を打ち破れ

anond.hatelabo.jp 「仏教では「欲望を捨てて、”無”の境地になりなさい」って説くけど、「”無”の境地を目指す」という意思って欲望だよね。」 何日か前、増田ダイアリーでこういうのがあって、そうだよなぁと思った。 そうだよなぁ。 本当にその通りなのです…

私のものじゃないテキスト

書くことは、やはり誰かに褒められることが目的になってはいけないと思う。 これは個人的な感覚だけれど、自分にとっては本当だ。 書くことはやはり書くことそのものが楽しみでないといけない。 そして書くことの楽しみというのは、自分が次に何を書くか分か…

一人の夕暮れ

人間、たまには一人きりになって孤独と向き合うことも必要なのかな、と思います。 忙しい日常に飲み込まれていると、目の前にあることで時間がうまっていってしまってね。 空白っていうものがなくなっちゃう。 人間、環境の生き物ですから。まわりの環境で自…

自分を解体するということ、あるいは空について。

ネコ師匠が、宮沢賢治の「自分を勘定に入れない」という言葉について書かれていた。私もこの言葉は好きだったけどずっと忘れていて、感じ入った。 私はネコ師匠に私淑しているのでこのように刺激をいただいて後追いで何か書くのです。 宮沢賢治は法華経なの…

あるがまま

ブログが続かない。みんなだいたいそうです。 かく言う私も、何ヶ月放置したか分からない。といっても、ここからまたコンスタントに書くぞというわけでもなくて、むしろまったく逆でしょう。 これもやはり、「思い通り」の産物であろうと思います。 思った通…

慈悲喜捨

慈悲喜捨、と仏教は言います。 最近、私の中ではこの言葉がとても大きくなっています。これをよくよく意識して生きよう、と思っています。 慈とは、相手を慈しむこと。相手の幸せを願うこと。 悲とは、相手の悲しみに想いを寄せること。 喜とは、相手の喜び…

人間のイライラ

人のイライラとは、8割は待たされることへのイライラだ。 というようなことを、松本人志さんが言っていたと聞いたことがある。 なるほどなと思った。 確かにそういうものかもしれない。 でもそれに加えて、人から感謝されないことへのイライラも、かなり大き…

マスヲ様へのおさえきれない恋文。

www.move-wife.com 私はマスヲ様(id:move-wife)のブログを読者登録しており、もちろん大ファンなのでありまして、さらにこんなことは全くのnone of my businessであることは百も承知ながら、誠に不遜ながら眠い目をこすってこの余計なエントリーを書かずには…

ある行為が「意図的」かどうかについて

英米哲学史講義 (ちくま学芸文庫) 作者: 一ノ瀬正樹 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2016/07/06 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (5件) を見る 少し前に上の本を読んだ。 因果論とか経験論とかは、自分にとってはあまりアクチュアルでないというか…

勉強は、筋トレだ。あるいは学校教育の保守性について。

anond.hatelabo.jp この記事を読みました。 まあ確かに、古文・漢文なんか実学としては必要ないですよね。 でも、それを言いだしたら学校の勉強なんか、社会に出てからの実用性とか実学という点でいえばほとんど全て不必要ですよね。 この増田記事へのコメン…

年初の目標

禅は今ここを生きよと言います。 人生は基本的には思い通りにならないし、難しいものだと思います。辛いものと言ってもいいかもしれない。 しかし、肯定できる瞬間もある。とても小さく短いものかもしれないけれども、幸せだなと思える「今ここ」も、たまに…

2017年に買ってよかったもの

年末になり、今年もはてなブログ等ネット記事に「今年の買ってよかったもの」があがる時期となりました。読んでいて発見もあるし、楽しくてこういう記事は好きです。 翻って自分は何を買っただろう、と考えたら、そんなに言うほど目新しいものは買ってないん…

不満足なソクラテス

満足な豚であるより、不満足なソクラテスであるほうが良い、という言葉があります。 正確にはイギリスの功利主義者ミルが言ったことで、満足な豚であるより不満足な人間であるほうがよく、満足な愚者であるより不満足なソクラテス(賢者)であるほうがよい、…

あるがままということ

全てはただそのように起こっているだけ。 起きている物事には良いも悪いもありません。 ただそのように起こっているだけ。そのようにあるだけです。 あるがままというのは、そういうことだと思います。 ただそのように物事があるだけ。 いつもそれがあるだけ…

みんな自分が可愛いですから

anond.hatelabo.jp やっぱり人って自分が可愛いんですよね。 だから自分が基準になるんですよね。 自分がやるかやらないかで、良いか悪いかの基準が変わる。多かれ少なかれどんなことに関しても人間こういう傾向はあると思うんですよね。やっぱり自分が可愛…

自分という玉ねぎをはぐ

www.zen-nezumi.com 昨日のこのエントリーについてなんだけど、じゃあどうしたらいいのか。 あるいは禅的にみるとどういうことなのかというと、やっぱりこれは相手に期待しないこと、そのままを認めること、簡単に言うとこれしかないと思う。 やっぱり相手の…

男性はなぜ察するのが下手なのか

anond.hatelabo.jp 女性から見ると男性は察するのが下手なのだろう。それはもう間違いない傾向だと思う。 私は男だがその理由は3つあると思う(完全な主観と思いつき)。 1.女性のほうが圧倒的に苛烈に空気の読みあいをしながら成長してきている それこそ…

仏教史概観

ここでは非常に簡潔に仏教の歴史をおさえて、禅を含む大まかなマッピングとしたい。 仏教は紀元前5世紀頃に、現在のネパールに生まれたゴータマ・シッダールタをもって開祖とする。彼は王族である釈迦族の皇太子だった。年齢については諸説あるが、二十九歳…

「空」とは何か? ④

7 禅を著すことについて しかしここで私たちも改めて考え込むことになる。確かに理屈の上では何となく分かった(気がする)。でもそれでは、一体「空」をどのように「この私」に適用すればいいのだろうか? 「旅人と鬼」のお坊さんは、答えを知っているよう…

「空」とは何か? ③

5 「無常」「無我」「縁起」 そして私たちもまた「関係性」のなかを生きている。関係性を離れては、私たちは何者にもなれない。 たとえば「私は教師だ」と言おうとしたら、どうしても教える生徒がいてくれなければならない。もし誰も聞いている人がいない空…

「空」とは何か? ②

3 ソシュールの言語理論 「空」を理解するために、ここで私たちは少し遠まわりをしてみよう。あるいはこれはショートカットでもある。教えを請うのはソシュールだ。なぜなら彼の言語理論は、補助線という以上に「空」を明晰に説明してくれるからだ。 フェル…

「空」とは何か? ①

仏教の「空(くう)」について語る4回。 1 旅人と鬼 まずは印象的な仏教説話から始めたい。 ある旅人が一軒家で一夜を明かすことになりました。 夜中に一匹の鬼が人間の死骸をかついで来ました。すぐ後にもう一匹の鬼が来て、その死骸は自分のものだと争い…

禅について書きます。

4か月近く続けてきた当ブログの毎日更新も、おそらくそろそろ止まります。 とは言ってもそれほど読んでいる人もいないので大した問題ではありません。 私は、文章を書くことはわりと好きであると思います。少なくとも、それほど苦じゃない。それで小遣い稼…

私たちの北極星

良寛さんや、松陰先生について書いていて、ずいぶん自分とはかけ離れた、あまりにも自分にとっては非現実的な理想像だなぁとも思います。 でもじゃあただの理想に過ぎないよ、現実には役立たないという話になるかというと、それはやっぱり違うと思います。 …

至誠

慈悲とか、誠心誠意行動するとか、そういうことについて考えていたら、吉田松陰先生の言葉も思い出しました。これもしばらく日常にまぎれて忘れていた。 至誠而不動者、未之有也 至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり。 誠を尽くせば、それで動かな…

良寛さんと慈悲

慈悲について書いていて、良寛さんのことを思い出した。 江戸時代に民衆から慕われた禅僧、良寛さんにはこんな逸話がある。 あるとき良寛さんが通りかかった村に、性格が悪く皆から嫌われている男がいた。良寛さんは彼と会い、誘われて彼の小舟で海へ出るこ…

正しさを人に振りかざすことは自制しなければならない。

正しさを人に振りかざすことは自制しなければならない。そのように思います。 正しさというのはナイフのようなもので、それが正しければ正しいほど鋭利になります。もし客観的に見てもまずこちらが正しいという状況があったとしたら、それを容赦なく突きつけ…

なぜ人を殺してはいけないか、あるいは慈悲について

慈悲とは何かということを考えると、おそらく自然に働くものなんだろうなと思います。 作ろう作ろうと思うものではなく、頭で考えてやることでもなく、自然に出てくるものなのだろうと思います。 そんな風に慈悲とは何かと考えたときに思い出した話があって…